患者の立場から情報発信

「低気圧が近づいて来ますと、必ず頭が痛くなってきました。今なら気象予報士になれたかもしれません。」

久保田じゅん子

 大方の人達が加齢と共に持病を抱えることになりますが、私は20代の前半に発症した頭痛と実に40年近くに渡り付き合い続けています。 症状の変化とともに気持ちも変わったり、頭痛に関する知識も増えてきたりしながら今日に至っています。

 頭痛の苦しみは21歳の時、親類の葬儀に参列出来なかったことに始まります。身支度をして出掛けたのですが頭痛と吐き気に身動きが出来ず、引き返し、鎮痛剤を飲み横になったのを覚えています。その後1-2ヶ月に1度くらい吐き気を伴う頭痛がありましたが、鎮痛剤を飲み1-2時間横になると何事も無かったかの様に回復したものでした。緊張を要する場所に参加したり、映画を見たり、お酒を飲んだり、スポーツをした後に痛みを感じることにも気付きましたが、鎮痛剤を飲めば抑えられました。

 実際頭痛で仕事を休んだり、生活に支障を来す様になったのは40歳になってからです。 鎮痛剤(市販のセデス)を飲む回数が増え、事態を深刻に思い始めました。早めに飲むことも覚え、それなりの効果もありましたが、40錠の箱があっという間になくなり、不快な時間が多くなっていったからです。頻繁な頭痛に、これ以上家族に迷惑をかけられない、仕事を休むわけにはいかない、との思いから薬を飲むことが不快でした。我慢をしている時間が与えられなくなるのです。気圧の変化にも敏感になりました。低気圧が近づいて来ると、必ず頭が痛くなりました。今なら気象予報士になれたかもしれません。低気圧を克服するために一時期メールのログイン名を゛低気圧”と名乗ったこともありました。

 そのような時に1冊の頭痛に関する本を読みました。1年待ちで名古屋の寺本先生の診断を受けました。そして寺本先生から五十嵐先生をご紹介頂きました(平成5年頃)。頭痛に関する知識等のご指導を頂き、頭痛日記をつけ、予防薬の処方を受けながら現在に至っています。

 加齢による家庭、社会に対する責任の変化から、ストレスが一層増加して頭痛の回数は最近また増えていますが、痛みそのものは若い頃より和らいでいるように思えます。またトリプタンの薬剤が日本で処方されるようになり、片頭痛で仕事を休むことはなくなりました。月に4錠ぐらいイミグランのお世話になっております。3年前からは混合型に変化しているようで、片頭痛は和らいできていますが、緊張型頭痛のほうが酷くなり、特に左側の肩こり、背中、後頭部(下位)の痛みと共に苦められています。 

 頭痛で死ぬことは無いのでしょうが、それが無ければどんなに快適な時を過ごすことが出来、社会に奉仕することも多様だったろうと恨みに思うこともあります。ですが専門治療科も増え、研究して下さる先生方がおられる事を有り難く思っています。

 前回頭痛教室のグループ討議を経験致しましたが、忌憚の無い話の中から多くの皆さんの痛みを感じることが出来ました。患者の立場からも多くの情報を発信していけたらと思っています。頭痛のご機嫌を伺いながらこのようなレポートを書いているのも現実です。

 


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